出典:レイテ沖海戦 - 太平洋戦争の真実昭和19年10月、日本海軍は四つの部隊からなるレイテ島攻撃作戦、捷号作戦を発動。
航空部隊の小沢艦隊がおとりとなって、敵主力を北方へ誘致し、その間に戦艦大和を旗艦とする栗田艦隊、志摩艦隊、西村艦隊がレイテ島に突撃するという大作戦である。
おとり艦隊は見事に敵を北方へ誘致したが、西村艦隊は駆逐艦一隻を残し全滅。志摩艦隊もまた、壊滅状態に陥り、作戦不能となった。栗田艦隊の方は敵の6波 にわたる猛攻で、戦艦武蔵が魚雷20本、爆弾14発を受けて沈没。その他、巡洋艦、駆逐艦にも相当の被害がでており、部隊の再編をはかったとき、総勢40 隻以上いた艦艇も15隻しか残っていなかった。それでもレイテ湾に向かって進撃は続いた。
「小沢艦隊、敵機動部隊を北方へ誘致す」電文がとばされた。しかし、栗田長官には届かなかった。全く情報のないまま、敵の攻撃を受け続けた栗田艦隊は、な んとかレイテ湾目前まで迫ったが、なぜか突入を断念し、反転したのである。付近に米機動部隊がいると判断したためというが真相は今もって謎である。この作 戦で事実上、日本海軍の水上部隊は消滅した。
レイテ沖海戦について少し勉強しました。囮部隊を使って敵主力を誘き出し、その隙にレイテ島へ突撃するという壮絶な作戦だったようです。また神風特攻隊の初出撃でもありました。アメリカに対し一矢報いたい日本ですが、果たして・・・。
この作戦は小沢囮機動部隊をはじめとする決死の戦いにより、米軍のハルゼー大将の部隊を北上へ釣ることに成功。ここまでは作戦通りで、米軍の主力空母部隊がいなくなったレイテ島に攻撃を仕掛ければよかったのですが、肝心の栗田艦隊がレイテ湾を目前に謎の反転・・・。作戦は失敗に終わりました。
栗田艦隊がなぜレイテ湾へ突入する意思を突如喪失したのかは諸説あるそうですが、この戦いで破れたことは日本にとっては大打撃だったようです。一方のアメリカはレイテ島に足場を築くことに成功、フィリピン奪回へと駒を進めていきました。
福島 拝
連載「教育における革命」やテレビ、新聞では絶対に報道しない金融コラムは必読。大好評「秋月便り」の購読は→ クリック
※ほぼ審査なし、高校生でも作ることができるVISAデビットカードでも「まぐまぐプレミアム」の会員登録(無料)は可能です。コンビニのATMなどから入金しておいてください。
スルガ銀行VISAデビットカード


最近のコメント