【韓非子を読む】和氏の璧(かしのへき)

中国を初めて統一した秦の思想に大きな影響を与えた韓非子。法と術を国家理論の原理原則とし、法の運用(術)を心得れば、どんな凡庸な人間でも立派に政治を行うことができると説く。性悪説に基づく冷徹で非情な韓非子ワールドの中から、いくつかを紹介していきます。

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 真理が認められるには
 昔、楚の国に和氏という男がいた。あるとき、かれは楚山の山中で粗玉を見つけ、これを厲王に献上した。厲王は宝石師に鑑定させた。
 「これは、ただの石でございます」と宝石師が言った。
 厲王は和氏をペテン師として足切りの刑を命じ、その左足を切らせた。
 厲王が死に、武王が即位した。すると和氏はまた同じ粗玉を献上した。武王は宝石師に鑑定させた。
 「石でございます」と宝石師が言った。
 武王は、和氏がペテン師として足切りの刑を命じ、その右足を切らせた。
 武王が死に、文王が即位した。今度は、和氏は粗玉をだき、楚のふもとで泣き続けるのだった。三日三晩がたった。涙は枯れはて、眼に流れるものは血であった。文王はそのことをきくと、和氏のもとに人をやってわけをたずねさせた。
 「世の中には足切りの刑にあった者も多いが、どうしておまえは、そんなに悲しげに泣くのか」
 「わたしは足を切られたことが悲しいのではありません。宝石が石ころだと言われ、正直者がペテン師だと言われたこと、それがわたくしは悲しいのです」
 文王は、宝石師にその粗玉をみがかせてみた。はたして、それは宝石であった。その宝石は、かれの名をとって「和氏の璧」と呼ばれた。
出典:中国の思想〔Ⅰ〕韓非子 西野広祥+市川宏〔訳〕 徳間書店

真理・真実が容易に認められないことをたとえた逸話。韓非子にとって「法術」は璧よりも認められないものであったようで、その無念さをこの話で伝えたかったのはないでしょうか。

地動説を唱えたガリレオも裁判にかけられてしまいましたし、真理が発見されても、それが世間に認められるかどうかは、また別のことのようですね。

ちなみにこの和氏の璧ですが、後に戦国時代の趙へと渡っていったようで、「完璧」という言葉の故事にもなっています。(続く)

福島 拝

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このページは、福島が2009年10月 3日 21:52に書いたブログ記事です。

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