Never Say Dieにて、連載小説を描かせていただいております、現代史の公文書籍館の大塚と申します。
ジョージオーウェルの『1984年』のパロディ小説を毎週一回程度、連載していきますので、御高覧の程を、よろしくお願いいたします。
今回は連載第一回目です。
小説『一旧八四年』 01
西暦1984年。
あるいは昭和五十九年。
ただし、断っておきたい。この年号は、はっきり言って、定かではない。僕が物心ついたころには、「戦後の時代だった」のだ。ゆえに、果たして、本当に今が、このたった今が、1984年かどうか、それついて、はっきりした確証はない。
「確証はないだって?」
と、これを見た同時代の人間は、「何を言っているのか」と、戸惑う事だろう。確かに、回りのヒトビトたち ー すなわち、僕の親、兄弟 ー 、そして唯一の情報源=偉大な『テレビ』様は、『今は西暦1984年、昭和五十九年、昭和天皇陛下万歳』を繰り返すのだが、そう聞かされているだけであって、実際のところ、はっきりしたことが、よく、わからないのだ。
なぜ「わからない」、などと世迷い事を述べるのか、というと、確かな昔の情報が知らされていなからだ、といったところ。実は、僕の回りには、『戦前』生まれの人間というのが、ほとんど、いない。まれに、いるにはいるのだが、大抵はアルツハイマー症という痴呆が進んでいて、「お昼はまだかえ?」、などと、ねぼけたことしか言わないのだ。『戦前』の事を語ってくれる者はほとんど、いやしない。
この1984年の現在、とにかく老人という老人はほとんど痴呆症になっている観がある。あの映画、映画ターザンの主役をつとめたジョニー・ワイズミュラーは79歳で死去したのが今年、1984年の1月21日。彼の晩年は痴呆症でターザンのような雄叫びをあげていたというのだから皮肉だ。
ところが、そうした老人たちの中に、時々、信じられないような昔話をする者もいる。
「若い頃は、『プレステ』とか『wii』とか『DS』とか、ずいぶんとゲームをしたものだ」
などとSFまがいのことを言うこともある。彼らは3Dの映像が見えるだの何だのと、ありえないほど進んだ娯楽=ビデオゲームの話をするが、今の時代、1984年ではとてもありえない話である。
ゲームと言えば、すごろくや人生ゲームなどのボードゲームが全盛の時代である。テレビゲームともなれば、『ファミコン』という画期的な家庭用ゲーム機が出て間もない。2Dのゲームというだけで、僕などの腰を抜かすのに十分なシロモノで、しかも、一般家庭でも裕福な家でもないと買う事は厳しい。それほど高価なゲームだというのに、あの老人どもときたら、
「ファミコンなぞ」
と、鼻であしらう有様である。さぞかし、彼らの頭の中では、すばらしい3Dゲームで楽しんでいる妄想で満たされているのだろう。痴呆が進みすぎるとああなるのだろうか、と僕は思っていた。
ところが、『戦前』についての唯一の情報源(?)でもある、この手のおかしな老人は、友愛省が派遣する警吏どもによって、さっさと『老人介護施設』へと搬送されてしまう。
友愛省の『白バン』と言えば有名で、自動車が珍しいこの時代 ー 電力節約のために、一般市民は自転車で通勤、通学し、どうしても遠出が必要な時は、路面電車に乗って移動する ー において、友愛省の警吏は真白いワゴン車を乗り付けてきて、狂言を吐く老人を片っ端から詰め込み、施設に送るのだそうだ。『白バン』に乗った老人の中で、その後無事に、家に戻ってくる者は、これまでのところみたことがない。だから、多くの老人は、「霊柩車より怖い」と恐れおののいているという始末。ところが、中には、そんな『白バン』をものともしない老人もいる。
隣の家の、イササカ先生という、元作家の老人は、この類いだ。
「キミキミ、今が何年か知っているかね?」
と、僕が道ばたで友達と落書きやメンコなどをして遊んでいると、その痴呆老人は隣家を隔てる生け垣からぬっと顔をだして、尋ねてくるのである。
これは、去年のことである。去年はと言えば、僕は小学六年生だった。であるからして、僕は、無論、
「1983年」
と答えるのだが、この老人は、頸椎が脱臼するんじゃあないかと思えるほど、激しく首をぶるぶると横に振るのである。
「否、否あ〜」
と、老人が叫ぶ度に、僕らはビクッと、身を震わせるのだが、老人はおかまいなしだ。
「今は、とっくに二十一世紀、しかも、二十一世紀も後半じゃあ〜」
どう考えても、マトモじゃあない。
僕は怖くなって、このイササカ先生といういささか狂人じみた老人から逃げるようにして、その場を後にしたものだ。これだけの狂言を吐いていても、彼が通報されず、白バンによって施設送りにならないのは、何やらわけがありそうであるが、僕にはその理由がまだつかめていない。
さて、よくよく考えてみると、老人たちの言い分にも、ある一定の規則性がある。
彼らの話を聞き、統合してみると、彼らの若かりしころは、テクノロジー、特に、情報通信機器が異常に発達した社会で、ものすごく便利で豊かな都市=東京での生活という情景が浮かび上がる。その根拠となる話は、3Dのゲームの話だけではない。手のひらサイズの携帯電話は一人一台の世界で、パーソナルコンピューターまでも一人一台、どころか、『マック』と『ウィンドウズ』とかいう異なるOSのパーソナルコンピューターを二台も持っていたりするらしい。そのコンピューターで、インターネットとかいう情報網を通じ、世界中のヒトビトとコンタクトできるらしいというのだから驚きだ。今時のSF漫画さながらの世界じゃあないか、と突っ込みたくもなる。
そういえば、老人たちの言う『マック』というのが、「ハンバーガー屋のマクドナルド」ではなくて、『マッキントッシュ』のことだというのは最近知った。今年、1984年1月下旬に、アップルコンピューターがマッキントッシュを発表した、という話を、近所に住むコンピューターオタクの浪人生=ベンゾウさんから聞き及んだのである。ベンゾウさんみたいなオタクが知っている最新機器の情報を、どうやって、あの痴呆老人たちが、あらかじめ知り得たのか、ということは少々疑問の残るところではある。
しかし、果たして、老人たちがそんな、SF漫画的な御伽の国のような世界で生まれ育ってきた、なんてことがあるだろうか?
僕には、老人ども皆が示し合わせて、若い人たちにおかしな幻想を吹き込んで、おもしろがっているとしか思えない。だから、有害情報というか有害妄想をばらまく老人たちは、友愛省の連中に施設に入れられてしまうのだ。彼らは、あまりにもボケがひどいから、施設からおいそれとは出て来れないのだろう。その施設での痴呆の治療がきっと長引いているのだろうと、すくなくとも僕は思っていた。
小説『一旧八四年』 02へ、つづく


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