チベット騒乱への中国政府の強権的対応が、8月の北京五輪に暗い影を投げかけている。ドイツなど欧州の5カ国首脳やチャールズ英皇太子も不参加を表明する中、日本政府は中国側からの皇族方の出席要請を受諾しない方針を固めた。
隣国・中国で開催される「平和の祭典」である。皇族方の出席が実現しないことは中国にとっては残念だろうが、現時点では適切な判断といわざるをえまい。それは、政治的に利用されることがあってはならないからだ。
東京、ソウルに次いで3度目のアジアでの五輪開催となる北京大会は、改革・開放によってめざましい発展をとげた中国の国威を内外に向けて誇示する大舞台だ。とくに全世界がテレビにくぎ付けになる開会式には、六十数人の各国指導者、元首が出席した前回のアテネ大会を上回る顔ぶれをそろえたいとしている。
出典:【主張】北京五輪開会式 皇族の欠席を支持したい
北京五輪の成功に向けて、中国共産党が皇太子殿下など皇族の出席を打診していたのはよく知られていることではないだろうか。2007年4月に来日した胡錦涛国家主席などは、天皇陛下との会見で、日本政府の頭越しに北京五輪のための訪中を要請したほどである。だが中国による「天皇の政治利用」という思惑は、これが初めてのことではない。
力作『蠢く!中国「対日特務工作」マル秘ファイル』袁 翔鳴 (著)の要約シリーズ第十弾。
・西側連合の中で一番弱い日本に工作を仕掛ける
1992年10月23日、北京はただならぬ熱気が漂っていた。北京国際空港から市中心部まで多数のパトカーが配備され、主要道路の沿線には警官が立ち並び、厳重な警戒ラインを形成していた。さらに歩道には北京市民が立錐の余地もないほど押し寄せ、日中両国の小旗を振るなど「熱烈歓迎」ぶりを示していた。
「日中関係2000年の歴史の中でも例がない日本の天皇陛下訪中の瞬間である」とは当時の銭基シン((「深」の左側が「王」)・中国外相の言葉である。

記者会見をなさる天皇皇后両陛下
出典:
中華人民共和国ご訪問に際し(平成4年)-宮内庁「北京秋天」という一年中で最も気候がよい、真っ青にすんだ秋晴れの中、天皇・皇后両陛下は車の中から沿道の市民に手を振った。さらに江沢民・中国共産党総書記など当時の中国の最高指導者と相次いで会談するなど、天皇訪中は世界中に改めて日中両国の緊密さを鮮烈に印象づけることになったのである。
当時の中国は89年6月の「
天安門事件」によって、世界中から激しい非難を浴び、国際的に完全に孤立していた。海外からの投資は完全にストップし、経済成長率は著しく落ち込んだ。特に欧米を中心とする西側諸国の対中制裁網の形成で国家存亡の危機に立たされていたのである。人権抑圧に反発する西側諸国は、経済面だけではなく、首脳らの訪中をも抑制するなど制裁は幅を広げていた。
中国指導者にとって、緊急の最重要課題は、このような対中制裁網を突破するために、どこかで風穴を開けて、打開策を講じることであり、その突破口として目をつけたのが、92年に国交正常化20周年を迎える日本だったのだ。西側の連合戦線の中で最も弱い日本がターゲットとして選ばれたのだ。
「この時期の天皇訪中は西側の対中制裁を打破する上で積極的な効果があり、その意義は明らかに日中両国関係の範囲を超えていた。この結果、欧州共同体が動揺を始めた。」
と銭基シンは引退後に出版した回顧録「外交十記」で語っている。
・2人の政治家を巧みに操った「天皇訪日」対日工作
これまでで中国による最大の対日工作は天皇の訪中にいたる外交工作であり、その裏には、当然のごとく周到な対日特務工作があった。
それに利用されたのが、渡辺美智夫元副総理兼外相や宮沢喜一という政界の実力者だった2人の政治家である。
特に渡辺には外交上の大きな成果を上げて、それを手土産にして次期総理の座を狙いたいという野心があり、92年1月に中国を訪れた際に、天皇訪中という人参を中国首脳からぶら下げられ、食いついてしまった。江沢民らの「日中国交正常化20周年」に合わせての天皇訪中の要請に対し、「真剣に検討をいたします」と述べて、事実上の約束を与えたのだ。渡辺の天皇訪中に賭ける熱意は尋常ではなかったという。
渡辺美智夫の死去の際にも中国は渡辺の生前の功績をたたえている。これはもちろん外相時代に天皇訪中を実現したことへの評価だろう。
宮沢喜一は91年10月に選挙制度改革法案を巡り竹下派の反発を招き辞任した海部俊樹・首相の後任として選ばれた。
宮沢は92年4月の江沢民・総書記の訪日の際に、日中首脳会談で中国が要請する「天皇訪中」に関して、「中国の希望に沿うように努力したい」と、前向きな返答をした(この後、江沢民はさらに一歩踏み込み、謁見した天皇陛下に直接、訪中を要請したという)。
当時の日中間にも尖閣諸島を巡る領土問題が横たわり、さらに天安門事件の直後ということもあり、天皇訪中に逆行するかのような国内外の情勢であった。しかし竹下派の代表で自民党副総裁だった金丸信に背中を押され、宮沢は8月に天皇訪中を決断し、閣議決定したのである。
天皇訪中は、当時の政権の座で総理と外相を務めた2人の実力者の権力維持と次期総理の座を狙った、それぞれの別々の思惑に利用されたのである。さらに、自民党最大派閥で中国に食い込んでいた竹下派の打算も働いた。
中国と個人的関係を結んだ外国政治家は、その国では「中国に食い込んだ人物」とか「中国とパイプを持つ人物」とされており、中国側とのきずなが自国側での地位や評判の基礎となるという。その種の政治家は、中国とのきずなの保持による自分の名声を崩さないために、中国の要請を実現しようと懸命になる。中国は、「天皇訪中」に関して、このような日本の政治家の心理を巧みに利用したのだ。
天安門事件に端を発する西側諸国からの制裁への突破口として「天皇訪中」を政治的に利用しようとした中国と、その思惑に乗せられた日本の政治家たち。第10章を読んで情けなくなるとともに、怒りがこみ上げてきた。今後も中国は「天皇の政治利用」を虎視眈々と狙ってくるだろう(終わり)
福島 拝

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